東京地方裁判所 平成11年(行ウ)124号 判決 2000年10月26日
主文
一 本件訴えのうち被告A及び同Bに対する訴えを却下する。
二 原告らの被告Cに対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは、東京都に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文第一項と同旨
(本案の答弁)
原告らの請求をいずれも棄却する。
第二事案の概要
本件は、東京都が、平成一〇年三月三〇日に、社団法人東京都信用組合協会(以下「信組協会」という。)に対し、コスモ信用組合の経営破綻処理に係る平成九年度の補助金二〇億円を交付したことについて、東京都の住民である原告らが、右の補助金の交付は地方自治法(平成一一年法律第八七号による改正前のもの。以下「法」という。)二条一三項、法二三二条の二などに違反する違法な公金の支出であって、支出負担行為が法令又は予算に違反していないことを確認したうえでなければ支出をしてはならないとした法二三二条の四第二項に違反するものであると主張して、法二四二条の二第一項四号前段に基づき、東京都に代位して、東京都出納長の職にあり右の補助金の支出を行う権限を有していた被告Cらに対して、右の補助金額二〇億円のうち一〇〇〇万円の損害賠償及びこれらに対する補助金支出の日の翌日である平成一〇年三月三一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 原告ら
原告らは東京都の住民である。
(二) 被告ら
被告Cは、平成一〇年三月当時、東京都出納長の職にあったものである。東京都出納長は、東京都の会計事務をつかさどり、支出負担行為に関する確認を行い、公金の支出又は支払を行う権限を法令上本来的に有する者である(法一七○条一項、二項)。
被告Aは、平成一〇年三月当時、東京都副出納長の職にあり、出納長室勤務の副出納長であった者である。出納長室勤務の副出納長は、出納長室に勤務して、出納長の権限に属する事務の全般について補助し、出納長に事故があるとき又は出納長が欠けたときは、出納長室勤務の副出納長が第一順位でその職務を代理する(法一七〇条三項、出納長の職務代理の順序等に関する規則(昭和四三年東京都規則第七一号)一条二項、二条)。
被告Bは、平成一〇年三月当時、東京都出納長室出納課長の職にあった者である。東京都出納長室出納課長は、東京都の公金の出納に関する事務をつかさどる(東京都組織規定(昭和二七年東京都規則第一六四号)三二条、一六条一項)。
2 信組協会に対する平成九年度の補助金の交付
信組協会は、平成一〇年三月二〇日、東京都知事に対し、平成九年度東京都信用組合緊急特別対策補助金交付申請書を提出した。これに対し、東京都は、同月二五日付けの東京都労働経済局長Dによる交付決定(以下「本件交付決定」という。)、同月二六日付けの東京都労働経済局総務部経理課長Eによる支出命令(以下「本件支出命令」という。)を経た上で、同月三〇日に、信組協会に対し、コスモ信用組合の経営破綻処理に係る平成九年度の補助金(以下「本件補助金」という。)として二〇億円を交付した。
3 原告らは、平成一一年三月一六日、法二四二条一項に基づき、東京都監査委員に対し、被告C、被告A及び被告Bらについて、信組協会に対する本件補助金の支出は違法であるとして、これによって東京都が被った損害を補てんするために必要な措置を講ずべきこと等を求める監査請求をしたが、東京都監査委員は、これを棄却する旨の決定をし、平成一一年五月一四日付けで原告らに通知した。
二 争点
原告らは、①本件補助金の支出は東京都出納長の決裁を経ていないこと、②出納長は、支出負担行為が法令又は予算に違反していないことを確認したうえでなければ支出をすることができないのに(法二三二条の四第二項)、被告らは本件補助金の支出負担行為である交付決定が法二三二条の二、法二条一三項及び地方財政法四条一項に違反していること並びに予算の定めるところに従って行われていないことを看過して支出をしていることから本件補助金の支出は違法であるとして、法二四二条の二第一項四号前段に基づき、東京都に代位して、被告らに損害賠償を請求する旨主張する。
これに対し、被告らは、被告A及び被告Bに係る訴えについて、「当該職員」(法二四二条の二第一項四号前段)を被告としない不適法な訴えであるとして却下を求め、また、本件補助金の支出は、支出負担行為が法令又は予算に違反していないことを確認したうえで出納長が決裁を行ったものであって違法な点はないと主張する。
したがって、争点は、以下のとおりである。
(本案前)
1 被告A及び被告Bが「当該職員」(法二四二条の二第一項四号前段)に該当するかどうか(争点1)
(本案)
2 本件補助金の支出が支出権限を有する東京都出納長の決裁を経ない違法なものであるかどうか(争点2)
3 本件補助金の支出が、その支出負担行為につき、法令又は予算に違反している点のあることを看過してされた違法なものであるかどうか(争点3)
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告A及び被告Bが「当該職員」(法二四二条の二第一項四号前段)に該当するかどうか)について
(被告A及び被告Bの主張)
被告A及び被告Bには、以下のとおり、本件補助金の支出に関する事案決定権限がなく、財務会計上の行為を行う権限を有しないから、「当該職員」には該当しない。
すなわち、本件補助金額は二〇億円であるところ、東京都事案決定規程(昭和四七年東京都訓令甲第一〇号)四条二項に基づいて定められた出納長室事案決定実施細目(平成四年四月一日三出総第二〇八九号出納長決定。ただし、平成一一年六月一六日付けで改正される前のもの。以下同じ。)は、一億五〇〇〇万円以上の支出負担行為に係る支出命令の審査に関する事案決定は出納長が行うことと定めており、副出納長の職にあった被告Aには本件補助金の支出に関する事案決定権限がなかった。また、右の実施細目に定められているとおり、出納課長は、東京都の公金の支払に関し、債権者を確認し又は指定金融機関をして現金支払を行わせることについての事案決定を行うものであって、出納課長の職にあった被告Bには本件補助金の支出に関する事案決定権限がなかった。
(原告らの主張)
「当該職員」とは、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至ったものを広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められないものはこれに該当しないと解するのが相当であるとされているところ、出納長室勤務の副出納長は、出納長室に勤務して、出納長の権限に属する事務の全般について補助し、また、出納課長は、東京都の公金の出納に関する事務をつかさどるのであるから、被告A及び被告Bは「当該職員」に該当するというべきである。
2 争点2(本件補助金の支出が支出権限を有する東京都出納長の決裁を経ない違法なものであるかどうか)について
原告らは、本件補助金の支出について、出納長である被告Cの決裁がされていないから、本件補助金の支出は違法であると主張し、被告らは、出納長である被告Cの決裁がされていると主張している。
3 争点3(本件補助金の支出が法令又は予算に違反していることを看過してされた違法なものであるかどうか)について
(原告らの主張)
(一) 法二三二条の二違反について
本件補助金は、以下のとおり東京都において公益上必要があるものということはできないから、法二三二条の二に違反して違法である。
(1) 本件補助金は、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費に対して交付されているが、かかる事業は、東京都の事務には全く関係がないものであるから、本件補助金の交付は違法である。
(2) 本件補助金は、コスモ信用組合の破綻処理を円滑に促進し、もって地域の信用秩序の維持に資することを目的として交付されたものである。
しかし、信用組合の破綻処理は預金保険法の定めるところによって行われる(預金保険法一条、四九条以下)ものであり東京都の公益とはいえない。また、金融秩序の維持は日本銀行の事務であり(日本銀行法一条一項参照)、信用秩序の維持は預金保険法の目的とするところであって、預金者の保護を図る制度は預金保険法によって定められている(預金保険法一条、四九条以下)ことからすると、信用秩序の維持や預金者の保護は東京都の公益とは全く関係がない。
また、信組協会は、平成八年三月にコスモ信用組合から回収可能なものとして債権一二三八億五九〇〇万円を譲り受けたが、その回収額は、平成七年度は約七億円、平成八年度は約一〇二億円、平成九年度は二月末までで約一〇二億円にすぎない。そして、平成八年一一月ころには既に債務者の連絡先が不明となっている債権がある上、地価下落が続く中で担保物件の売却時期の判断が難しくなっていることなどから、回収作業が難航していて、平成九年四月以降、債権の回収はますます困難になっていることは明らかである。このように、本件補助金の交付によって、コスモ信用組合の破綻処理は円滑に促進されておらず、地域の信用秩序の維持に資することはあり得ない。
(3) 公益上必要がある場合といえるためには客観的に公益上の必要性があり、かつ、公益上必要な場合に該当する事実がなければならず、その事実があるかどうかの判断は、補助金の交付決定がされる時点で行われなければならない。
しかるに、コスモ信用組合は、平成八年三月二五日に解散したのであるから、平成一〇年三月の時点においてコスモ信用組合に関して信用秩序の維持をする必要及び預金者を保護する必要はなかった。また、平成八年六月二一日に預金保険法が改正された(平成八年法律第九六号。以下、この改正後の預金保険法を「改正後の預金保険法」という。)が、改正後の預金保険法附則一六条、一七条の規定によって、金融機関が破綻しても平成一三年三月三一日までは預金が全額保護されることになったのであるから、平成一〇年三月の時点において、東京都が本件補助金を支出することによって信用秩序の維持をする必要及び預金者を保護する必要はなかった。
なお、被告らは、コスモ信用組合の破綻処理に関するスキーム(以下「本件処理スキーム」という。)は、同信用組合の破綻をペイオフによらないで処理するためのものであり、これを合意したことに公益上の必要があったと主張するが、右のようにペイオフによらないで処理することは、本件処理スキームが合意された平成七年八月二八日より以前の同年七月三一日に決定されていたのであるから、被告らの右主張は論理的に矛盾するものである。
(4) 補助金の支出は財政に余裕がある場合に限ってすることができるところ、東京都は平成九年度には約五〇〇〇億円の財源不足が予測され、さらに巨額な財源不足が見込まれるとされており、また、平成一〇年一〇月一三日の東京都知事の緊急アピールによると、財政再建団体への転落が懸念されているのであるから、本件補助金の支出は許されない。
(5) 信組協会は、コスモ信用組合から回収可能な債権を譲り受けるに当たって金融機関から金銭を借り入れたが、借入金の利息として毎年約二四億円を支払っており、このほかに債権回収事業のために三億円を支出しているが、右の債権の回収は遅々として進んでいない。この結果、信組協会は自らが破綻の道を歩むしかないことになり、都民の血税によって支出された補助金が泡と消えるのみならず、信組協会に貸し付けた金融機関は巨額の不良債権を抱えることとなり、経営上大問題となることは明らかである。このように、本件補助金の支出は大きな社会問題を引き起こすものであり、公益を害するものである。
(6) なお、被告らは、補助金の支出が当該自治体の裁量にゆだねられていると主張するが、公益上の必要性があるかどうかの判断については、一般には一応当該地方公共団体の長及び議会が個々の事例に則して認定するが、これは全くの自由裁量行為ではなく、客観的に公益上の必要があると認められなければならないと解すべきである。
(二) 法二条一三項、地方財政法四条一項違反について
東京都は、信組協会に対し、平成七年度から平成九年度まで毎年二〇億円の補助金を支出しているが、右(一)(五)記載のとおり、債権の回収は全く進んでいないし、交付した補助金は借入金の利息の支払に充てられ、さらに債権回収事業のために三億円を支出している。
東京都が本件補助金を支出しても、担保不動産の下落等に加えて信組協会が債権の回収に不慣れなことから、債権の回収が進まないことは平成一〇年三月当時において明らかであったというべきであるから、本件補助金の交付決定は法二条一三項、地方財政法四条一項に違反している。
(三) 予算に従っていないことについて
「予算の定めるところに従い」とは、支出の原因となる行為を裏付ける支出科目が設定されていることであるところ、本件補助金の支出決定は、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費の一部を補助することによって、コスモ信用組合の破綻処理を円滑に促進し、もって地域の信用秩序の維持に資することを目的としてされているが、平成九年度東京都一般会計予算には、本件補助金の交付決定を裏付ける支出科目は設定されていない。
この点について被告らは、支出科目があるような主張をしている。法は、信用組合の監査指導は、国の機関としての都道府県知事の権限であるとし(法一四八条一項、二項、別表第三第一号(九十八)、(九十九))、その経費は当該都道府県が支弁するものとしていた(法二三二条一項)が、被告らの主張する予算科目は、この機関委任事務の処理に要する費用に係るものであり、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費の一部を補助することによって、コスモ信用組合の破綻処理を円滑に促進し、もって地域の信用秩序の維持に資することを目的とした補助金の支出を裏付ける予算の定めがされているということはできない。
(被告らの主張)
出納長である被告Cは、次の(一)記載のとおり法二三二条の四第二項で要求されている確認を適式に行っているのであるから本件補助金の支出には違法性はなく、また、そもそも、次の(二)、(三)記載のとおり、本件補助金に係る支出負担行為は法令又は予算に違反していないのであるから、本件補助金の支出は適法である。
(一) 支出をする際に行う支出負担行為の審査(法二三三条の四第二項)の要点は、①支出命令権者は正当であるか、②金額に違算はないか、③支払時期は適切か、④請求者は正当な債権者であるか、⑤支出命令のもとになった関係書類は完備しているか、⑥予算の範囲内であるか、⑦資金前渡、概算払、前金払等の経費は法令に違反していないか、⑧法令等により公金支出の制限を受けている経費はないかを確認することにある。右の事項を中心に、出納長は審査を行うものであるが、実際の手続としては、出納長が支出命令機関から支出命令書の送付を受けたときに、支出命令書に添付されている請求書、あるいは支出命令に先立って決裁された支出負担行為に係る文書とその添付書類等を確認し、内容を審査することとなる。その際、違法な公金支出とならないようにする第一の責任は、支出命令を発する権限を有する者にあることから、原則として書類に基づく形式的審査をもって足りるというべきである。
このことを本件についてみれば、①支出命令権者はその権限を有する労働経済局総務部経理課長が適法に決裁していること、②支出命令金額は、平成一〇年三月二五日付けの本件交付決定に基づくものであり、当該金額に違算はないこと、③支払時期は、平成一〇年三月三〇日に予定されているが、本件交付決定は相手方から適法な請求があった日から三〇日以内に支払うものとしていることから適切であること、④請求者は、東京都信用組合緊急特別対策補助金交付要綱(同日付け七労経計信第四一二号。以下「本件補助金交付要綱」という。)一条に定める補助事業者であり、右要綱に基づく適法な交付申請書が提出されていること、⑤支出命令のもとになった関係書類は、補助事業者からの交付申請書、本件交付決定書等すべて完備していること、⑥予算については、平成九年度一般会計予算において、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営基盤整備費、「節」を負担金補助及交付金として措置されており、かつ、予算の範囲内であること、⑦本件支出命令は概算払による支出であるが、当該経費が法令に違反していないかの点については、当該経費が法二三二条の二による補助金の交付であることから、その公益上の必要があるか否かが審査の要点となるところ、公益性の有無については、一義的には、東京都知事あるいは都議会の判断によるものであり、また、後記(二)のとおり、一見明白に公益に反するものとの疑念を差し挟む余地はないものであること、⑧本件支出命令は他の法令等により公金支出の制限を受けているものではないことを審査の上、本件債権が確定していることを確認し、平成一〇年三月三〇日に、口座振替の方法により支出したものであって、支出をする際に行う支出負担行為の審査(法二三二条の四第二項)を適法に行っているというべきである。
(二) 法令に違反していないことについて
(1) 地方公共団体において、補助金支出の必要性があるかどうかの判断は、当該団体がその時における社会的、経済的状況や補助金支出の目的とその支出の相手方の活動能力の有無等、諸般の事情を総合的に勘案して決定することができるものであるから、当該地方公共団体の裁量にゆだねられているものと解すべきである。したがって、地方公共団体がその裁量においてなした補助金の支出が、その支出の必要性を判断するに当たって認定した前提事実に著しい誤りがあるとか、著しく不公正であるとか、あるいはその目的が法令に違反しており社会通念上著しく妥当性を欠いている場合でない限り、当該補助金の支出については、当該地方公共団体の裁量の範囲内にあるものとして、違法の問題は起きないものというべきである。
(2) 信用組合の経営破綻処理は、金融システム内で最大限の負担により行われることが原則であるが、ひとたび信用不安が生ずると、預金者は自らの預金を一挙に引き出そうとし、また、このために、預金を通じて行われている各種取引の決済が麻痺し、膨大な数の個人、企業、金融機関等に甚大な悪影響が及ぶことが予想されるものである。
東京都は、コスモ信用組合の経営破綻を受け、かかる事態を回避し、地域経済全般の安定を確保するためのコストとして、公的資金による財政支援を行うことによって、金融システムの安定性を確保することが、金融機関、預金者のみならず、地域経済全般の安定の基礎となるものであり、預金者をはじめとする地域の信用不安を回避し、都民や地域の中小企業者への金融上の影響を最小限に止めることが、ひいては都民の福祉に資することになるとの公益上の判断から、本件処理スキームについての東京都、大蔵省、日本銀行、関係金融機関等関係者間の合意に基づいて、信組協会が行うコスモ信用組合から譲渡された不良債権の回収の経費の一部に充てるため、信組協会に対し補助金を交付することとしたものである。
そして、東京都が平成七年度から平成一六年度までの一〇年間で総額二〇〇億円の補助金を交付することなどを定めた本件補助金交付要綱を策定し、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費の一部を補助することは、コスモ信用組合の経営破綻処理をペイオフによらずに行うための方策として決定された東京都の政策を実行するために行うものであり、本件処理スキームを実施することにより、ペイオフによる破綻処理が行われた場合に生ずる預金者の損失と信用不安の発生を回避することが可能になるのであるから、預金者の保護を通じて地域の信用不安を回避することと、東京都が、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費の一部を補助することとの間には、目的と手段の関係があるということができるものである。
このように、本件補助金の支出については、法二三二条の二の「公益上の必要」があるというべきであり、補助金支出の公益上の必要性についての東京都の判断は、その裁量の範囲内でされたものであって、何ら違法となるものではない。
(3) さらに、本件処理スキームは、東京都の信組協会に対する資金援助と他の関係者による各種施策が相互に補完しあってコスモ信用組合の破綻処理が円滑に推進されるべく一体をなすものとして策定され、他の関係者との間で合意されたものであって、東京都が独自の立場で右合意を一方的に解消し、その資金援助を中止することは、関係当事者間の信頼関係を著しく損なうのみならず、本件処理スキームの実施に支障をもたらすことになるから、東京都としては、社会的、経済的事情や右合意の基礎となっていた事情に著しい変動を生じ、右合意をそのまま維持することが不相当になったなど特別の事情がない限り、右合意に従った措置をとるべき立場にあるものである。
したがって、本件処理スキームを合意したことに公益上の必要性が認められる以上、東京都が右政策を決定し、その実行としての本件補助金の支出は、公益上の必要性が肯定されるものであり、補助金が現実に支出された時点において、保護の対象となるべき預金者が存在したか否か、あるいは回避すべき信用不安が生じていたか否かなどによって、右の公益上の必要性の有無が左右されることはない。
(三) 予算に従っていることについて
本件補助金の支出に係る予算は、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営基盤整備費、「節」を負担金補助及交付金として、二〇億円が平成九年度東京都一般会計予算に計上され、右補助金を含む平成九年度東京都一般会計予算は、都議会において可決された。
また、本件処理スキームに基づいて東京都が負担する資金援助金(二〇〇億円)について、東京都知事は、予算案を平成七年東京都議会(以下「都議会」という。)第三回定例会に提出したが、これは、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営指導費、「節」を負担金補助及交付金として二〇億円を計上し、また、平成八年度から平成一六年度までの間の債務負担行為一八〇億円を「信用組合緊急特別対策助成」として計上したものである。これに対し、同都議会は、「信用組合緊急特別対策経費は、信用組合の破綻に伴う、金融不安の回避や都内信用組合の経営基盤の安定化等を図るため、社団法人東京都信用組合協会に対し、財政支援を行うものである」との付帯決議を付して可決した。
右のとおり・本件補助金が平成九年度の予算に計上されていること、平成七年の付帯決議のような経緯があることからすれば、本件補助金は予算に従って適正に支出されているというべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点1(被告A及び被告Bが「当該職員」(法二四二条の二第一項四号前段)に該当するかどうか)について
1 法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められないものはこれに該当しないと解するのが相当である(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁)。
本件において、原告らは、本件補助金の支出を財務会計行為ととらえてその適否を問題としているところ、支出の権限を法令上本来的に有する者は出納長である(法二三二条の四第一項)。そして、事務執行における権限と責任の所在を明確にするために東京都事案決定規程が定められ、その四条二項は、出納長は出納長等の決定の対象とされた事案の実施細目を定めなければならない旨規定している。これに基づいて、出納長室事案決定実施細目が決定されているが、右細目の出納長室審査課の部及び出納課の部において、件名、決定事案名及び決定区分を次のとおり定めている(乙三)。
(一) 出納長室審査課の部
番号 件 名 決定事案名 決定区分
1 支出命令書の審 * 一億五〇〇〇万円以上の支出負担
査に関すること 行為及びその内容変更に基づく支出命 出納長
課長決定事案を令の審査を行うこと(
除く。)。
* 五〇〇〇万円以上一億五〇〇〇万
2 〃 円未満の支出負担行為及びその内容変 副出納長
更に基づく支出命令の審査を行うこと
(課長決定事案を除く。)。
* 報酬、給料、職員手当等(職員退
職手当を除く。)、共済費、災害補償費、
3 〃 恩給及び退職年金(地方自治法附則第 課長
七条の二の給付の給付金を除く。)、賃
金、扶助費又は公課費に係る支出命令
の審査を行うこと。
* 電気、ガス若しくは水の供給又は
4 〃 公衆電気通信の役務の提供の対価に係 課長
る支出命令の審査を行うこと。
* 3号又は4号以外の支出負担行為
及びその内容変更に基づく支出命令の
5 〃 うち、継続支払又は分割支払による二 課長
回目以後の支出命令の審査を行うこと。
ただし、工事代金に係るものは除く。
6 〃 * 用品配給代金に係る支出命令の審 課長
査を行うこと。
7 〃 * 歳入歳出外現金に係る支出命令の 課長
審査を行うこと。
8 〃 * 振替収支命令の審査を行うこと。 課長
* 前各号に掲げるもののほか、五〇
9 〃 〇〇万円未満の支出負担行為及びその 課長
内容変更に基づく支出命令の審査を行うこと。
前渡金支払精算
書及び概算払等 * 出納長決定による前渡金・概算払
10 の精算書の調査 等の支出に係る精算書の調査確認に 出納長
確認に関すること 関すること。
(二) 出納長室出納課の部
番号 件 名 決定事案名 決定区分
1 都公金の支払に * 債権者を確認して小切手を振り
関すること 出し、又は指定金融機関をして現金 課長
支払を行わせること。
2 〃 * 支払事務取扱時間を臨時に変更 課長
すること。
3 〃 * 指定金融機関をして官公署等へ 課長
の払込みの手続を行わせること。
4 〃 * 指定金融機関をして送金又は口 課長
座振替の手続を行わせること。
5 〃 * 小切手の使用状況を確認するこ 課長
と。
6 〃 * 公金振替書を発行すること。 課長
* 執行不能の支出命令書等につい
7 〃 て失効不能の通知をすること(強制 副出納長
執行又は債権譲渡に係るものを除く。)。
* 強制執行を受けた場合又は債権
8 〃 譲渡があった場合に支払の停止を行 課長
うこと。
9 歳入事務の処理 * 収入金票及び収入日計表を作成 課長
に関すること し、収入日計表を歳入徴収者に送付
すること。
10 〃 * 郵便振替収入の払戻しを受けて、 出納長
これを歳入に払い込むこと。
2 被告Aは、平成一〇年三月当時、東京都副出納長の職にあった者であるが、右1(一)の第1項、第2項記載のとおり、一億五〇〇〇万円以上の支出負担行為に係る支出命令の審査に関する事案決定は出納長が行うこととなっていて(第1項)、副出納長は、五〇〇〇万円以上一億五〇〇〇万円未満の支出負担行為に係る支出命令の審査に関する事案決定を行うこととされている(第2項)。そうすると、本件補助金は二〇億円を支出するというものであるから、右の第1項により出納長が事案決定を行うものであって、その他の項目にも本件支出命令に関する事案決定を副出納長が行うことをうかがわせるような定めはないのであるから、副出納長の職にあった被告Aは本件で問題とされている財務会計上の行為を行う権限を有する地位又は職にあるとはいえないことは明らかである。
また、被告Bは、平成一〇年三月当時、東京都出納長室出納課長の職にあった者であるが、同職にある者は東京都の公金の支払については、右1(二)の第1項ないし第6項及び第8項について事案決定を行うものとされているのであって、いずれも本件補助金の支出に係る事案決定権限とは関係を有しないので、出納課長の職にあった被告Bは本件で問題とされている財務会計上の行為を行う権限を有する地位又は職にあるとはいえないことは明らかである。
3 したがって、被告A及び被告Bは法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」には該当せず、本件訴えのうち被告A及び被告Bに係る訴えは、法によって特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして不適法といわざるを得ない。
この点について、原告らは、出納長室勤務の副出納長は、出納長の権限に属する事務の全般について補助していることをもって「当該職員」に該当すると主張するが、単に出納長を補助するというにすぎないのであって、具体的に本件訴訟において問題となっている財務会計行為に関する権限を有しないことは既に説示したとおりであるから、原告らの右主張は採用することができない。また、出納課長は、東京都の公金の出納に関する事務をつかさどることから「当該職員」に該当すると主張するが、東京都組織規定三二条の出納課の項では、その事務分掌を「都公金の出納に関すること(他課に属するものを除く。)」としており、一方で、審査課の項では、その事務分掌を「収入支出命令の審査に関すること」としていること、及び前示のとおりの東京都事案決定規程、出納長室事案決定実施細目によって定められている出納課長の権限に照らすと、支出負担行為が法令又は予算に違反していないかどうかを審査する権限を有していないことは明らかであって、原告らの右主張は採用することができない。
二 争点2(本件補助金の支出が支出権限を有する東京都出納長の決裁を経ない違法なものであるかどうか)について
原告らは、甲第四号証を根拠として、本件支出命令書に出納長である被告Cの決裁印がなく、本件支出命令は出納長の決裁を欠いた違法なものであると主張する。
しかし、乙第二号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によると、本件支出命令書には被告Cの決裁印が押されていて、その印影が非常に薄いために原告らが東京都の情報公開制度を利用して入手した甲第四号証では、印影がうまく謄写されなかったにすぎないことが認められる。
本件支出命令書に被告Cの決裁印が押されている以上、本件支出命令は、東京都出納長の決裁を経た適法なものであるというべきである。
三 争点3(本件補助金の支出が法令又は予算に違反していることを看過してされた違法なものであるかどうか)について
1 法二三二条の二違反の主張について
(一) 法二三二条の二は、普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる旨規定し、地方公共団体が寄附金又は補助金を支出することができるのは、当該地方公共団体の公益上必要がある場合に限られることを明らかにしている。
もっとも、「公益上必要がある場合」というのは、法律要件としては極めて抽象的なものであり、その要件該当性については一義的に決定できるものではない。すなわち、普通地方公共団体において何が公益であるかについては、当該地方公共団体が置かれた経済的、社会的状況等により変わり得るものであり、また、ある事項が当該地方公共団体の公益といえるとしても、その公益を実現するために寄附金又は補助金の支出が必要であるか否かについては、当該地方公共団体の政策的判断によらざるを得ない面があることは否定できない。そうすると、「公益上必要がある場合」に当たるか否かは、結局のところ、当該地方公共団体が置かれている社会的、経済的状況を前提として、寄附金又は補助金の交付を受ける相手方と当該地方公共団体との関係、寄附金又は補助金の交付が当該地方公共団体ないしその住民にもたらす利益、効果、その程度、交付される寄附の額がそれに見合うだけの利益をもたらすものかなど諸般の事情を総合的に勘案して決するほかないものであるが、かかる総合的な判断をする場合においては、事柄の性質上、裁量が機能する余地を否定することはできないのであって、法は、「公益上必要がある場合」に当たるか否かの判断については、当該地方公共団体の長の合理的な裁量にゆだねているものと解するのが相当である。
したがって、普通地方公共団体がその公益上必要があると判断して寄附金又は補助金の支出をした場合は、右判断に裁量権の逸脱又は濫用があると認められるときにのみ、当該寄附又は補助が違法になると解すべきである。すなわち、当該地方公共団体がした公益上必要があるとの決定に当たって考慮された要素に著しい過誤欠落がなく、当該考慮要素を前提として「公益上の必要性がある場合」と判断することが一応首肯し得るものであるならば、法二三二条の二の規定違反の問題は生じないものというべきである。
そして、このような判断に基づいて地方公共団体が契約等を締結する方法により被交付者との間で補助金交付に関する合意をした場合には、仮に右判断に裁量権の逸脱濫用があったとしても、当該補助金の交付に公益上の必要性が認められないことが一見して明白であるような特別の事情がない限りは、右合意の法的効力が左右されるものではなく、地方公共団体は右合意に基づいて補助金を交付すべき法的義務を免れるものではないと解すべきである。
出納長が、補助金の支出に当たって、その直接の支出負担行為である交付決定やその支出命令が法令に違反していないことを確認する(法二三二条の四第二項)際には、これに先行する地方公共団体と被交付者との合意につき前記のような特段の事情があるか否かを審査し、これが存しない以上は既存の法的義務を履行するものとして法令に違反しないと判断せざるを得ないと解すべきである。
(二) そこで、右の観点から、被告Cにおいて、本件補助金の支出が法二三二条の二の規定に違反するものであると判断して支出を行わないべきであったかどうかについて検討するに、証拠(甲一ないし五、一五、一六、乙二の1ないし3、三ないし六、八ないし一四)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) コスモ信用組合は、中小企業等協同組合法に基づき、東京都知事の認可を受けて設立された信用組合であり、東京都内では最大規模の信用組合であった。
(2) コスモ信用組合は、いわゆるバブル経済の時期に、不動産関連事業に多額の融資を行っていたことから、バブル経済崩壊に伴う土地価格の大幅な下落、景気の長期低迷を原因として、不良債権が増加し、経営内容が悪化した。
そこで、東京都知事は、コスモ信用組合に対し、預貸率の改善、不良債権の償却、預金の小口化の促進などの経営改善に向けた指導を行うとともに、資金繰りの状況について注意を払っていたが、平成七年三月及び六月末に、コスモ信用組合の経営悪化に関する報道がなされたこともあり、とりわけ七月に入ってからはコスモ信用組合の資金繰りが一層ひっ迫することとなった。そして、平成七年七月三一日には、午前九時の営業開始後一時間で一二八億円もの多額の払戻しがされ、この日一日で預金総額の一七パーセント近くに当たる七三〇億円もの預金が流出する事態となった。
こうした状況により、コスモ信用組合の手元流動資金が不足するに至ったことから、東京都知事は、コスモ信用組合に対し、協同組合による金融事業に関する法律六条の規定において準用される銀行法二六条の規定に基づいて、預金者の混乱を回避するため、窓口における預金等の払戻しや貸付金の回収等の業務を除き、業務の一部停止を命令した(乙四)。
(3) 東京都は、右の業務停止命令以来、預金者の保護及び信用秩序の維持の観点から、コスモ信用組合の破綻処理に関し、大蔵省及び日本銀行に協力を要請するとともに、関係金融機関等関係者とも協議を進めた結果、ペイオフによる破綻処理を行うのではなく、東京共同銀行(平成八年九月二日に、「整理回収銀行」に改組された。)を受皿の金融機関とする概要次のとおりの本件処理スキームについて、平成七年八月二八日、関係者間で基本的な合意を得るに至った(乙五)。その際、それぞれ多額の負担を約束した民間金融機関等は、東京都がその資金援助を具体化することが本件処理スキーム発動の条件であると指摘するなどして、東京都の資金援助を強く要求した。
ア コスモ信用組合における資産は、正常資産が二二五〇億円であり、不良債権は、回収可能な延滞債権が一三〇〇億円、回収不能と思われる債権が二五〇〇億円である。この不良債権のうち、一五○億円は、コスモ信用組合が自己資本をもって償却する。また、回収可能な延滞債権一三〇〇億円については、コスモ信用組合が信組協会にこれを有償譲渡する。
イ コスモ信用組合は、右ア記載の処理を終えた上、東京共同銀行に業務の全部を譲渡し、解散する。
ウ 東京共同銀行に対しては、次の関係者が資金贈与等の財政支援を行い、不良債権の償却を図る。
① 日本銀行
収益支援 二〇〇億円程度
② 預金保険機構
資金援助 一一〇〇億円程度
③ コスモ信用組合への貸付金融機関
貸付債権放棄 六三〇億円(貸付額の六〇パーセント相当額)
収益支援 二二〇億円
④ 信用組合業界
資金贈与 一八○億円
⑤ F前コスモ信用組合理事長及びエスエスグループ
贈与 五億円+α(支援を要請中)
エ 東京都及び信組協会は、信組協会内に設置される債権回収機関が行う前記ア記載の回収可能な延滞債権一三〇〇億円の債権回収を促進するため、次の財政支援を行う。
① 東京都
資金援助 二〇〇億円
② 信組協会
資金援助 二〇億円
なお、原告らは、ペイオフを行わないことは本件処理スキームの合意に先立って前記業務停止命令の際に既に決まっていたと主張するが、業務停止命令はその性質上将来の処理方針を確定するものではなく、その時点では通常の破産手続による処理を回避できる確定的な見通しがあったとは認め難く、それによる場合は預金についてはペイオフが実施されることになるのであり、本件処理スキームについての合意が成立して初めて破産手続を回避できることとなったと認められるから、右主張は採用できない。
(4) 東京都は、本件処理スキーム合意の際にされた前記民間金融機関等からの指摘に基づき、その資金援助全体を具体化するため、平成七年九月一二日、平成七年都議会第三回定例会において、本件処理スキームに基づき東京都が負担する資金援助分として、平成七年度の補助金二〇億円、債務負担行為一八○億円(期間・平成八年度ないし平成一六年度)とする第二二七号議案平成七年度東京都一般会計補正予算(第三号)を提出し、右議案は同月二九日に付帯決議付きで可決された(乙六)。この際の平成七年度の補助金の支出科目は、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費とし、さらに、平成七年度一般会計予算説明書には、「目」を経営指導費、「節」を負担金補助及交付金とし、信用組合緊急特別対策に要する経費を計上したとの計上説明がされていた(乙六、一二)。
また、右の付帯決議において、「今回の信用組合緊急特別対策経費は、信用組合の破綻に伴う、金融不安の回避や都内信用組合の経営基盤の安定化等を図るため、社団法人東京都信用組合協会に対し、財政支援を行うものであること。」との決議がされている(乙六)。
(5) 東京都は、平成八年三月五日、本件補助金交付要綱を制定した。本件補助金交付要綱一条(補助金交付の目的)は、東京都信用組合緊急特別対策補助金は、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費の一部を補助することによって、コスモ信用組合の破綻処理を円滑に促進し、もって地域の信用秩序の維持に資することを目的とするとし、また、四条(補助金交付の期間及び金額)は、補助金は、平成七年度から平成一六年度までの一〇年間で総額二〇〇億円とし、補助金を交付するに当たっては、あらかじめ協定を結ぶものとしている(甲五)。
(6) 信組協会は、平成八年三月一一日、コスモ信用組合からその不良債権(回収可能な延滞債権一三〇〇億円)の譲渡を受け、その回収事業を実施することとなった(乙五、八)。
(7) 東京都は、平成八年三月一一日、信組協会との間で、本件補助金交付要綱四条に基づき、コスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費に係る補助金の交付に関する協定(以下「本件補助金交付協定」という。)を締結した。本件補助金交付協定三条(補助金交付の期間及び金額)は、東京都が信組協会に交付する補助金は、平成七年度から平成一六年度までの一〇年間で総額二〇〇億円とし、各年度の交付額については、別途協定を締結し、信組協会からの請求に基づき交付するものとしている(乙九)。
本件補助金交付協定三条に基づいて、東京都と信組協会との間では、平成八年三月一一日に、平成七年度及び平成八年度における補助金の交付額をそれぞれ二〇億円とする旨の協定書(コスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費に係る平成七年度及び平成八年度分の補助金の交付額に関する協定書)を、平成一〇年三月一九日に、平成九年度における補助金の交付額を二〇億円とする旨の協定書(コスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業に要する経費に係る平成九年度の補助金の交付額に関する協定書)をそれぞれ締結した(乙一〇、一一)。
(8) 東京都は、平成七年度及び平成八年度の補助金として、それぞれ二〇億円を信組協会に対して交付した。
(9) 信組協会は、平成一〇年三月二〇日、東京都知事に対し、平成九年度東京都信用組合緊急特別対策補助金交付申請書を提出した(甲一)。これに対し、東京都は、同月二五日付けの東京都労働経済局長Dによる本件交付決定、同月二六日付けの東京都労働経済局総務部経理課長Eによる本件支出命令を経た上で、同月三〇日に、信組協会に対し、コスモ信用組合の経営破綻処理に係る平成九年度の補助金(本件補助金)として二〇億円を交付した(甲二ないし四)。
なお、本件補助金は、平成九年度東京都一般会計予算において、支出科目について、「款」を「労働経済費」、「項」を「商工業振興費」として計上されている。
(三) 右のとおり、本件処理スキームは、預金者の保護と信用秩序の維持の観点から、コスモ信用組合の経営破綻をペイオフによらずに処理するために関係者間で合意された方策であり、東京都としては、預金者を保護することにより、地域の信用不安を回避し、都民や地域の中小企業者への影響を最小限にとどめることが東京都の公益に合致し、そのために財政支出が必要であるとの判断に基づき、本件処理スキームに基づく資金援助を行うことを決定し、本件処理スキームに係る合意の履行として本件各補助金を支出したものであるというべきである。
コスモ信用組合は、東京都を基盤とする都内で最大規模の信用組合であり、その破綻処理がペイオフにより行われた場合には、都内に居住し、あるいは都内で事業を営む多数の預金者が損失を被ることになることは容易に予想できること、当時、東京共和信用組合をはじめ経営破綻に陥る信用組合が相次いだことは公知の事実であるが、中小の金融機関の経営破綻が相次ぐ中で、コスモ信用組合についてペイオフによる破綻処理が行われれば、信用不安が格段に高まることは必至であり、そのような事態になれば、都内の経営基盤の弱い信用組合をはじめとする中小の金融機関で取付け騒ぎが起こり、その結果、連鎖的な金融機関の経営破綻が生じ、そのような金融機関との間で取引を行っている都民や地域の中小企業者に深刻な影響が生ずるおそれがあることは否定できないこと、本件処理スキームにおいて多額の負担を負うこととなる民間金融機関等も東京都の資金援助を強く求めていたこと、本件処理スキームに基づいて東京都が行う二〇〇億円という資金援助の金額は、日本銀行、預金保険機構、関係金融機関その他の関係者がコスモ信用組合の経営破綻処理のために行う資金援助等の財政支援の金額と比較して、格段高額なものとなっているわけではなく、また、補助金の交付も、一金融機関に対して行うものではなく、東京都に基盤を有する信用組合の協会である信組協会に対して行うものであることなどを勘案すると、東京都が、預金者を保護することにより、地域の信用不安を回避し、都民や地域の中小企業者への影響を最小限にとどめることが東京都の公益に合致し、そのために財政支出が必要であるとの判断に基づき、本件処理スキームに基づく資金援助を決定したことについては、その判断には、判断の要素として考慮すべき点に著しい過誤欠落があったとは認め難いし、その結論も首肯するに足りるものである。
(四) この点について、原告らは、本件補助金の支出には公益性がないとしてるる主張するが、原告らの主張は、以下のとおり、いずれも採用することができない。
(一) 原告らは、金融秩序の維持は日本銀行の事務であり、信用組合の破綻処理や信用秩序の維持は預金保険法の目的とするところであって、預金者の保護を図る制度は預金保険法によって定められていることからすると、信用秩序の維持や預金者の保護は東京都の公益とは全く関係がないし、信組協会が行うコスモ信用組合の経営破綻処理に伴う債権管理回収事業は東京都の事務には全く関係がない旨主張する。
しかしながら、コスモ信用組合は、東京都を基盤とする都内で最大規模の信用組合であり、その破綻処理がペイオフによって行われた場合に、都内に居住し、あるいは都内で事業を営む多数の預金者が損失を被ることになることは容易に予想できるところであり、また、中小の金融機関の経営破綻が相次ぐ中で、コスモ信用組合についてペイオフによる破綻処理が行われれば、信用不安が格段に高まることは必至であり、そのような事態になれば、都内の経営基盤の弱い信用組合をはじめとする中小の金融機関で取付け騒ぎが起こり、その結果、連鎖的な金融機関の経営破綻が生じ、そのような金融機関との間で取引を行っている都民や地域の中小企業者へ深刻な影響が生ずるおそれがあることは否定できないところであって、預金保険法による信用組合の破綻処理等及び日本銀行による金融秩序の維持とは別に、東京都内において、預金者を保護することにより、地域の信用不安を回避することが、そもそも東京都の公益に該当しないということはできないというべきである。
(2) 原告らは、回収作業が難航していることをもって、本件補助金の交付によって、コスモ信用組合の破綻処理は円滑に促進されておらず、本件補助金は地域の信用秩序の維持に資するものではなく、むしろ、信組協会自らが破綻することになって、補助金が無駄になり、また、信組協会に貸し付けた金融機関は巨額の不良債権を抱えることとなってしまい社会問題を引き起こすものであるから公益を害するものである旨主張する。
しかしながら、信用秩序を維持するためには本件処理スキームを成立させることが必要であり、そのためには東京都が補助金の形で資金援助をすること自体が必要であったのであるから、いわば本件補助金を支出すること自体に公益上の必要性があったと認められるのであって、支出された補助金を用いて行われる回収作業が難航しているからといってその公益性が失われるわけではない。また、右回収作業自体についても、本件補助金を含めて東京都から信組協会に対する補助金が支出されてきたことによって、信組協会がコスモ信用組合から引き継いだ不良債権の管理回収作業が進められ、平成八年度、平成九年度においてそれぞれ一〇〇億円以上の不良債権が回収されていることからすれば、本件補助金が地域の信用秩序の維持に資するものではないなどということはできない。
また、仮に回収事業が失敗に終わった場合には信組協会が破綻する可能性がないとはいえないが、それは、信組協会が債権回収の見通しを誤り不良債権を高額で譲り受けたことによるものであって、本件補助金の支出は、信組協会の資金繰りに貢献しその破綻を避ける方向に作用することはあっても、その破綻を助長するものになることはおよそ考えられず、本件補助金を支出すると信組協会が破綻し、それによって東京都の公益を害するから本件補助金の支出が法二三二条の二に反する旨の原告らの主張は採用できない。
(3) 原告らは、本件補助金が支出された平成一〇年三月の時点では、コスモ信用組合が既に解散していること、改正後の預金保険法が平成一三年三月三一日までは預金を全額保護することとしていることからすれば、本件補助金を支出することによって信用秩序を維持する必要及び預金者を保護する必要はなかった旨主張する。
しかし、既に説示したとおり、本件処理スキームは右法改正以前に策定され、実施されているのであるから、その後に法改正があったとしても、その構成要素となっている資金援助を打ち切ることは、関係当事者間の信頼関係を著しく損なうのみならず、本件処理スキームに基づくコスモ信用組合の破綻処理そのものの遂行に支障が生ずるおそれがある。また、コスモ信用組合が解散したとしても、本件処理スキームに従って不良債権が譲渡された信組協会で不良債権の管理回収事業が続けられていて、本件補助金は、かかる不良債権の管理回収事業に伴う経費として支出されているものであって、コスモ信用組合が解散したからといって、信用秩序を維持する等の目的のために補助金を支出する必要性がなくなったということはできない。したがって、本件補助金が支出された平成一〇年三月の時点においても、公益上の必要性が認められるというべきである。
(4) 原告らは、補助金の支出は財政に余裕がある場合に限ってすることができるところ、東京都は平成九年度には約五〇〇〇億円の財源不足が予測され、さらに巨額な財政不足が見込まれるから、本件補助金の支出は許されない旨主張する。
原告らの主張するとおり、法二三二条の二にいう「公益上の必要がある場合」に該当するかどうかの判断に当たっては、当該地方公共団体の財政の状況をも勘案すべきものと解されるが、寄附又は補助は当該地方公共団体の財政に余裕がある場合に初めて支出できるというものではなく、補助金等の支出の必要性の程度との兼ね合いの問題であり、当該地方公共団体の財政状況がよくない状況にあっても、補助金等の支出の必要性が高い場合には「公益上の必要性がある場合」に該当するものというべきである。本件についてみると、甲第一三号証及び甲第一四号証によると、バブル経済崩壊後、東京都の財政は厳しい状況にあることが認められるが、既に説示した本件補助金を支出する公益上の必要性にかんがみれば、右のような財政状況を考慮に入れても、本件補助金を支出することが法二三二条の二に違反しないとの被告Cの判断が首肯できないものということはできない。
(五) 以上のとおり、本件補助金の支出に公益性があるとした判断には裁量権の逸脱濫用があるとは認められず、右支出が違法なものとはいい難いし、前記認定のとおり、東京都は、信組協会に対し、本件補助金交付協定により平成一六年度までに総額二〇〇億円を、平成一〇年三月一九日の協定により平成九年度に右のうちの二〇億円の補助金を交付すべき法的義務を負っていたのであり、前記認定の事実関係からすると、右協定等の効力を左右すべき特段の事情も見当たらなかったと認められるから、出納長が、これを前提としてされた本件交付決定及び本件支出命令について法令に違反していないとして支出をしたことは法二三二条の四第二項に反するものではない。
2 法二条一三項、地方財政法四条一項違反の主張について
右1に説示したとおり、本件補助金は公益上の必要性があって支出されたものであり、仮にその点に疑問があったとしても、東京都は信組協会との協定により本件補助金を支払うべき法的義務を負担しており、右協定の効力を左右すべき特段の事情は見当たらなかったのであるから、この法的義務を履行するためにされた本件交付決定及び本件支出命令が法二条一三項、地方財政法四条一項に違反しないことは明らかである。したがって、出納長が、本件補助金の支出について法令の違反がないとして支出をしたことは、法二三二条の四第二項に反するものではない。
原告らは、債権の回収が進んでいないことから本件補助金の支出が違法である旨主張するが、平成八年度及び平成九年度においてそれぞれ一〇〇億円以上もの債権が回収されているのであるから、原告らの主張は採用できない。
3 予算に従っていないとの主張について
(一) 甲第一五号証、乙第一三号証及び弁論の全趣旨によると、本件補助金は、平成九年度一般会計予算に計上された、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営基盤整備費、「節」を負担金補助及交付金とした予算科目から支出されたことが認められる。
そして、東京都予算事務規則(昭和四〇年東京都規則第八三号。以下「予算事務規則」という。)五条四項は、歳出予算の款、項及び目は、事業の目的に従い、組織との関連を考慮して、事業内容が明らかになるように定めなければならないとしているところ、労働経済局の事業は、①就業構造の変化や高齢化、技術革新の伸展等に適切に対応し、勤労者の就業の場の確保と生活の安定・向上を図るための労働対策事業、②中小企業が産業構造の変化など、社会経済環境の変化に適切に対応していくために必要な技術・情報・資金などの経営資源の充実、新製品・新技術の開発や新たな市場の開拓・創出の支援のための中小企業対策事業、③産業としての東京の農林水産業の進行と農地、森林による良好な都市環境の保全を目的とした農林水産経営の安定を図るための農林水産対策事業であり(乙一七)、コスモ信用組合の経営破綻に伴う破綻を処理し、中小企業等への影響を避けるために支出される本件補助金は、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営基盤整備費、「節」を負担金補助及交付金とした予算科目に妥当するというべきである。これに加えて、平成七年度の補助金に係る予算について、支出科目が、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費とされ、予算説明書には、「目」を経営指導費、「節」を負担金補助及交付金とされていて、信用組合緊急特別対策に要する経費を計上したとの計上説明がされていたこと、右予算の付帯決議において、「今回の信用組合緊急特別対策経費は、信用組合の破綻に伴う、金融不安の回避や都内信用組合の経営基盤の安定化等を図るため、社団法人東京都信用組合協会に対し、財政支援を行うものであること。」との決議がされていることからすると、本件補助金は、平成九年度一般会計予算において、「款」を労働経済費、「項」を商工業振興費、「目」を経営基盤整備費、「節」を負担金補助及交付金とした予算科目に計上されていたものであって、予算に従って支出されたものというべきである。
したがって、出納長が、本件補助金の支出が予算に従っているものであると判断して支出をしたことは、法二三二条の四第二項に違反するものではない。
(二) この点について、原告らは右の予算科目は機関委任事務の処理に要する費用に関する予算であって、本件補助金を右の予算科目から支出することはできないと主張するようであるが、法二条三項一三号、六項四号に照らすと、商工業振興の一環として経営基盤整備のために補助金等を交付することは、東京都の固有事務であると考えられるのであり、この点で原告らの主張は前提を欠くし、仮に右予算科目が機関委任事務を想定したものであるとしても、機関委任事務の処理に要する費用に関する予算と固有事務の処理に要する費用に関する予算とを同一の予算科目に計上してはならないという法令上の根拠はない。すなわち、法二二〇条一項、法施行令一五〇条一項三号及び法施行規則一五条一項を受けて制定された予算事務規則五条四項は、歳出予算の款、項及び目は、事業の目的に従い、組織との関連を考慮して、事業内容が明らかになるように定めなければならない旨規定しているが、法施行規則一五条一項の別記の定めをみれば、同規則が歳出予算の目を、当該経費が機関委任事務に係るものか、あるいは固有事務に係るものかという基準によって区分していないことは明らかである。そして、予算事務規則は、法施行規則一五条一項の別記の定めを当然その前提とするものであるから、予算事務規則五条四項が、当該経費が機関委任事務に係るものか、あるいは固有事務に係るものかという基準によって歳出予算の目を区分することを義務付けているものと解することは困難であり、他に機関委任事務に係る経費と固有事務に係る経費を歳出予算の同一の目に計上することを禁ずる法令上の根拠は存しないというべきである。
したがって、原告らの右主張はいずれにしても採用できない。
4 以上のとおり、本件補助金の支出が法令又は予算に違反していることを看過してされた違法なものであるといえないことは明らかである。
第四結論
よって、原告らの本件訴えのうち、被告A及び被告Bに対する訴えは不適法であるからこれを却下し、被告Cに対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)